ゲームレビューは信用できない

投稿日:2017年12月19日 更新日:

ゲームレビューについて、僕は全く信用できないと考えている。

誰もが簡単に情報発信をできるような世界になって幾星霜…… 今やあらゆるところで何かについての感想や紹介の情報が発信されている。

しかしながらそれらの中で、僕は”ゲームのレビュー”というものは全く信用できないと考えている。

SNSで持て囃されるゲーム紹介

ゲーム系の記事を書いたりしている身でありながら何を言っているのかとは思っているが、なにがしかの幻想を抱かれるような記事を書いているわけでもないので自由に書きたい。

さて、Twitterなどを見ているとフォローしている人の関係でゲーム系メディアの記事がよく流れてくることがある。

やれ何とかという新作ゲームのレビューだとか、そんな感じのタイトルの記事ツイートに対して凄い数のRTやいいね!が付いて回って来る。

そして回ってきた記事がゲームレビューだと、途端に僕は「おいおい、よくこんな信用できないものをありがたがれるな」と毎回思っている。

そう思う背景に妬み嫉みはもちろんあるだろうけど、絶対的ゲームレビュー否定論者の僕としてはあり得ないという気持ちで見ているのは確かだ。

※今更だけれど、ゲームレビューという単語の中にはゲーム紹介ツイートなども含んでいる。

凄く面白そうに見えるのは幻だ

なぜ僕がそうまでゲームレビュー・ゲーム紹介について否定的なのかと言えば、ちゃんと理由はある。

端的に言えば「うそつけ、この詐欺師め」と思うからだ。

もっと詳しく言えば、大して面白くないゲームでさえも良く書きすぎているから。

確かに、沢山のRTが付くようなゲームレビュー記事などを見てみると文章がすごく面白かったり、魅力にあふれる部分があってそのゲームをやってみたいと思わせる力がある。僕もいつかそんな力を持ってみたいと思っているけれど。

しかしそれなりにゲームを遊んでいれば、どこかのタイミングで自分が既に遊んだことのあるゲームに対してのレビューなどを目にする機会が出てくるはずだ。

そして気づく。

このゲーム、そんなに面白かったか?」と、自分がつまらないと思ったゲームに対する紹介であってもめちゃめちゃ面白そうなゲームに見えてしまうことに。

ゲームレビューの何がダメか

僕はゲームレビュー以外のレビューについては肯定的だ。Amazonのレビューなんて超見る。

ではなぜゲームレビューがダメなのかというと、やはり主観的過ぎるからではないかと思っている。

例えばPCゲーマー必須アイテムであるグラフィックボードなどのハードウェアで言えば、しっかりとレビューする上で根拠となる性能値などの数字が出てくる。

誰が見てもそうだよね、と言えるだけの根拠がしっかりしている。

だけどゲームにはそういうものは大抵の場合存在しない。ソーシャルゲームの課金度合いとかは参考になるかもしれないけれど。

しょせん自分を納得させるための物

そういうことだから、大手を振って「ゲームレビューです!」みたいにしている記事は嫌いなのだ。

ああいうのは結局のところ、何らかのゲームを購入したい欲にかられた人間が「これなら買ってもいい」と自分を納得させるために見るのであって、根っこのレビューという部分で言えば全然役に立っていないはずなのだ。

だから僕はゲームレビューを信用できないといつも思っている。

最後にこの論理の致命的な欠陥があるから白状してしまうと、僕はゲームレビューは信用していないけれどマンガや小説などのレビューは重宝している。この矛盾を誰か助けて。

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