ヴィクトリア朝時代、愛する人々の死体と記念撮影する文化があった

投稿日:2016年6月16日 更新日:

最愛の人々が亡くなった後の姿を写真に残す、ヴィクトリア朝時代(1837-1901)の慣習は現代の感性からすると病的に思えるかも知れない。

しかし当時のイングランドでは、この行為は死者を祝福し悲しみを鈍化させるための方法だったのだ。

ヴィクトリア朝では現代よりも死がもっと身近を覆う存在であった。ジフテリアや発疹チフス、コレラといった病が国に傷跡を残していた時代だ。1861年、女王は哀悼をファッショナブルな存在へと昇華させたという。

メメント・モリ、「死を想え」だ。

長い露光時間を要する当時の写真技術では、生者の姿はぼやけ、動かぬ死者はより鮮明に映し出される

長い露光時間を要する当時の写真技術では、生者の姿はぼやけ、動かぬ死者はより鮮明に映し出される

亡くなった母とポーズをとる二人の娘、子の死を悼む父、亡くなった幼児を抱きかかえる母親

亡くなった母とポーズをとる二人の娘、子の死を悼む父、亡くなった幼児を抱きかかえる母親

BBCの紹介によれば、1800年代中頃に登場した”ダゲレオタイプ”と呼ばれる世界初の実用的なレベルの写真撮影技術が登場し、人々の姿を永久に保存する方法として人気を集めたのだという。

“デス・ポートレイチャー”はダゲレオタイプのコストが下がり始めたことでより人気となり、様々な致命的な病に苦しめられたヴィクトリア朝時代の人々にとって救いとなっていったと伝えられている。

死後に家族で写真を撮るという行為は、その当時は最愛の人の姿を永久に保存する最後のチャンスであった。

しかしその後医療技術の発展で病で亡くなる子供たちの数は減少し、スナップショットが登場したことで多くの家族は生きているうちに写真を撮るようになっていったことで、この芸術分野は時期に終焉を迎えることとなった。

ヴィクトリア朝時代、死者との記念撮影を行うことは遺された人々が死を乗り越えるための救済でもあった。

死後写真を撮る習慣はヨーロッパにとどまらず、オーストラリアにも伝わった。南オーストラリア州立図書館に何点か収蔵されている。

死後写真を撮る習慣はヨーロッパにとどまらず、オーストラリアにも伝わった。南オーストラリア州立図書館に何点か収蔵されている。

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-オピニオン


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