「君の名は。」を観て、新海誠監督の進化と僕の圧倒的停滞にショック

2016年9月1日

新海誠監督の映画最新作「君の名は。」を観て、「わぁすごい!新海監督すごい、ぼく全然ダメ~」と打ちのめされた映画の感想となります。

もちろん、この感想にはネタバレ要素が含まれているので、未視聴者は見ない方がいいです。

初めこの映画は駄作だと思った

映画を観終わって直後の僕は、君の名は。は駄作だと思いました。

僕にとって新海誠監督の映画っていうのは「秒速5センチメートル」や「言の葉の庭」のような切ないもので、もろ手を挙げてハッピーエンドなんて言えるものじゃないような作品を指していた。

だから今回の映画も、そういった今までの作風を踏襲するものだと当然思いながら観たわけだ。

そうしたら、出てきたのは悲惨な過去を時間をさかのぼって回避してみんなが救われて、ヒーローとヒロインが再開できるどこからどう見てもハッピーエンドな作品だった。

正直、映画を見ていた瞬間の僕はヒロインには隕石で死んでもらいたかったし、助かったとしても一人だけ助かってヒーローとも再開できずに終わってほしかった。

なんとなく、これまでの傾向と対策的にはそういう流れの方が自然だからだ。

駄作じゃなかった

僕がこの映画を駄作だと思っていても、周りはすごいすごい言ってるし、実際に観客動員数などの数値を見ても大人気の作品となっていることは間違いない。

こうなってくると、僕の見方が間違っていたんじゃないかと少し疑ってみたくなる。

勝手にステーキだと思って豆腐食べてキレているようなものなんじゃないのかって、再度考え直してみることにしました。ステーキも豆腐も全然関係ないですけど。

ああ、なんということでしょう。

切ない物語を勝手に期待したのはお前だ

結論を言うと、秒速5センチメートルみたいな作品が見たいだけなんだったら、この映画を見る必要なんて全くなかったってことなんだよね。

新海誠監督だからって切なく終わる話しか書かないわけじゃないし、そこで止まってるファンはその当時の作品だけ見てればいいってことだ。

もっと噛み砕いて言うと、僕のような「新海誠フィルターを通してしか新海誠監督の映画を観れない奴は、永遠に秒速5センチメートルを観てろ」という話になる。

無駄なフィルターを外せ

勝手に悲劇的な終わり方を望んで映画を観ていれば、そりゃそこから外れてハッピーエンドを迎える君の名は。なんてダメな映画に写ってしまうだろう。

だけれども、「新海誠監督の映画がなんで幸せになっちゃいけないの?」とフィルターを外した状態で見てみれば、この映画は相当にキラキラと希望に満ちた素晴らしい映画だったことに気が付ける。

初めから良い映画だと評価していた人は、そういうフィルターを通さずに映画を楽しめる人なんだろうけど、僕は遅まきながら気が付きました。

震災をモチーフにした悲劇的なテーマを扱った作品だからこそ、これまでと違って希望をめいいっぱい繰り広げたっていいじゃないか。

むしろ震災をいまだに忘れられない、今年というタイミングにこの希望の話を届けてくれたことそれ自体が素晴らしい。

おお、すげえ!新海誠監督が童貞臭いなんて評される作風以外のものを作ってる!

新海誠、すげえ

監督を見くびっていた、めちゃめちゃ進化しとる・・・。それに引き換え僕は映画を観終わるまで停滞し堕落していたことにも気が付いていない愚鈍な奴でしたよ。

いやぁ、「君の名は。」すげえな。今週末もう一回観に行ってこよう。

ってかこの映画、新海誠監督の作品だと思えば思うほど初見時に目を曇らせるよね。普通こんなに変わると思わないもん。騙されたー!